現在、ロシア・モスクワのチームに所属するサッカー選手、本田圭佑氏(26)。本田選手に対する日刊スポーツの独占インタビュー記事(今月6日付紙面)が、日本で若い世代を中心に反響を呼んでいるようだ。愛国心を語るに際して、韓国サッカー代表選手の五輪での竹島(独島)アピール問題に触れているためだ。
ここに、海外報道における課題(伝言ゲーム)と、日本のネット社会の課題(脊髄反射)が浮き彫りになっていると見受けられるので、以下、愚考してみた。
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日刊スポーツのHPには以下の通り、短い概要だけ掲載されており、全文は紙面のみに掲載されたようだ。
(※紙とネットという2つの媒体を巡るマスメディアの葛藤が示されている。が、また別の話だ)
★【16日追記】★9月14日になって、全文が日刊スポーツのHPに掲載された。今回の騒ぎを受けてなのか、もともと紙面掲載から一定の期間が経ったらHPに載せる予定だったかは不明。即売中心のスポーツ新聞にとって、当初「紙面のみ掲載」という判断は間違っていないと思うが、特ダネを取った場合にいかにアピールするか、ネットを活用できるかという課題がある。http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/p-sc-tp2-20120914-1016306.html
◆本田が「日本」を熱く語る!6日付紙面
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/f-sc-tp2-20120906-1012249.html
HPの概要では、本田選手の言葉は
「今のオレたちは何も築いていない」「単に自分の国を愛しているか?―という気持ちを比べると、日本は韓国よりも劣ってるんじゃないか、という気持ちにさせられた」
とだけ引用されている。
が、全文を書き起こしてネットにアップした人がおり、以下のサイトで読める(著作権法上はアウト、だろう)。
◆【これが本田の竹島発言の真相だ!】日本代表MF本田圭佑「日本」を熱く語る!「本当にいい国だとあらためて思う」
http://calciomatome.seesaa.net/article/290852801.html
その中から興味をひかれた発言を抜粋してみる。
『そろそろオレたちの世代が、本物が評価される時代をちゃんと作り出すべきだと思う』
『オレがいう本物とは政治家のことであったりする。彼らは税金から給料を得ているわけだし、本物であるべきだと思う』
『オレがいいたいのは、日本では日本の政治家こそがスターであるべきだってこと』
日本政治の現状を危惧しているようで、「本物の政治家よ、出でよ!」という思いがよく伝わる。
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ところが、前段の竹島問題に触れた部分が特に注目を集めた。政治に関する考えを述べる前に、愛国心に触れている。その中で竹島に触れているのだ。その部分を丸ごと引用する(大事な部分に★をつけた)。
『オレは愛国心というのか、そういう気持ちが強い。例えば、いい悪いは別にして、この間のオリンピックの竹島の問題がある。韓国の選手が試合後にボードを持った。いい悪いは別として客観的に見たら、★彼は韓国を愛しているんだな、と思った。★オレは日本を愛している。もしかしたら同じ状況になれば、★同じように行動したかもしれない。それはその場になってみないとわからないことだけど。勝ち負けという観点からすると、韓国人が韓国を愛する気持ちに、日本人は負けているんじゃないか。これは政治的な問題ではない。★単に自分の国を愛しているのか?という気持ちをくらべると、日本は韓国より劣ってるんじゃないか、という気持ちにさせられた』
ロンドン五輪で「独島は我々の領土」とのボードを掲げた韓国選手について、『彼は韓国を愛しているんだな、と思った』とまず率直に語る。この段階で、本田選手が極めて冷静に客観的に状況を眺めていることが分かり、好感を得た。
その上で、自らの愛国心の強さについて、『オレは日本を愛している。もしかしたら同じ状況になれば、同じように行動したかもしれない』と表現した。『その場になってみないとわからないことだけど』と留保をつけて。
韓国選手が何を考えて今回の行動をとったのか、愛国心だ、と。であれば、自分も愛国心の強い日本人として、愛国心を示すために同じような行動をとる可能性がある、というわけだ。論理的であって、なるほど本田選手は愛国心が強く、日本人の愛国心の弱さを憂えているのだなと了解する。
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さて、ここから話が若干ややこしくなる。韓国有力紙「朝鮮日報」が、日刊スポーツのインタビュー記事を引用報道(※業界用語で転電という)したロイター通信の記事を引用して、以下のような記事を掲載した。
★サッカー:本田、朴鍾佑の独島セレモニーを擁護(朝鮮日報日本語版)
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/09/07/2012090700472.html
冒頭を引用する。
「オレもそうしていたと思う」。サッカー日本代表のエース、本田圭佑(26)=CSKAモスクワ=が、朴鍾佑(パク・チョンウ)=23、釜山=の「独島(日本名:竹島)セレモニー」を擁護する発言を行い、注目を集めている
本田選手のインタビュー記事全文をきちんと読めば、「擁護」とは言えないはずだ。「一定の理解を示した」とは言えるかもしれないが。
ここに至った発言の流れを整理する。
(1)本田選手→(2)日刊スポーツ(全文=日本語)→(3)ロイター通信(日刊の引用報道=英語)→(4)朝鮮日報(日刊の引用報道の引用報道=韓国語)→(5)日本語へ翻訳
なんという伝言ゲームだろう。
もちろん文章だから「伝言」よりはましなはずだが、言語は日本語→英語→韓国語→日本語と3回翻訳され、出発点の本田選手から最後の朝鮮日報日本語版までには4回の転送を経ている。
となれば、最後の朝鮮日報日本語版が最初の本田選手の発言のトーンと変わってしまったのも分かる。もちろん良いことではない。朝鮮日報は東京に特派員がいるのだから、特に神経を使うべき領土問題においては在京特派員が自身の手で翻訳し、引用して記事を書かなければいけない。そうしていれば、トーンの違いはここまで大きくならなかっただろう。
これは他山の石にすべき事例である。
ロイター通信の記事も検索したらすぐに見つかった。読むと、ニュアンスが変わってしまった原因はロイター通信にもあったと思える。特に「backed=支持される」という見出しと「earned respect=敬意を表される」という冒頭だ。中身を読むと、部分的だが比較的正確に日刊スポーツの記事を引用しているようである。
★Soccer-Korean’s Olympic stunt backed by Japan’s Honda(サッカー:五輪での韓国の扇情的行為を日本の本田が支持)
http://www.reuters.com/article/2012/09/06/soccer-honda-korea-idUSL4E8K61MM20120906
冒頭は以下の通りである。
―The South Korean soccer player who inflamed a diplomatic row with Japan by waving a political flag at the London Olympics has earned respect from unexpected quarters – Japan’s Keisuke Honda.
『ロンドン五輪で政治的な旗を振り、日韓の外交紛争をたきつけた韓国のサッカー選手が、意外な方面から敬意を表された。日本の本田圭佑だ』
―”I love Japan. Perhaps if I was in the same situation I would have done the same thing. You don’t know until you are in that situation.
『俺は日本を愛している。あるいは、もし同じ状況になったら、同じ事をしていたかもしれない。そのときになってみないと分からないけれど』
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日本のネットをざっと眺めてみると、こんなコメントがあった。
「発言の一部だけ抽出するだけで伝えたいことがまるで変わるな」
これは本当にその通り。しかも引用と翻訳を複数回重ねたのが上記の結果である。
だが、
「マスゴミは不要」「マスゴミってやっぱり怖いわ 」
「これを一部だけ切りとって悪意のある編集するとか、日本のマスコミ本当に危ないよね」
最近ありがちな反応ではある。
しかし、考えてみてもらいたい。そもそもの本田選手の全文インタビューを伝えた日刊スポーツはまごう事なきマスコミである。マスコミである日刊スポーツが介在しなければ、本田選手のインタビューはここまで多くの人の目に触れていなかったのではないか(紙の新聞からネットへの全文引用という問題はあるにせよ)。
そして、最後の誤った解釈を掲載した朝鮮日報は「日本の」マスコミではなく「韓国の」マスコミである。
引用元がどこであるか、どういう変遷を経てきたかは、ネットを検索すれば簡単に分かる。そもそも、記事を読んだのであればそこに発信源も引用元も書いてある。それがマスコミの基本的なルールだからである。記事は長さに限界があるし、そもそも情報は常に取捨選択され、編集されるものであることを理解しなければならない。
しかし、ネットで話題になっているものをぱっと見て、ぱっと反応して、「マスゴミ!」と捨てぜりふだけ残して日常生活に戻る人たちが、今の日本に少なからずいる。彼らには日刊スポーツの本田選手インタビューから以下の言葉を贈ろう。そして、もちろん自戒もしたい。
『今は、何でもネガティブにとらえ、悪いところをクローズアップしてしまう。これは日本の悪いところだと思う。もっと素直にならないといけないし、もっと謙虚にならないといけないと思う』