冷凍庫よりも寒い В Петербурге уже на улицах холоднее, чем в морозильниках.

今年の冬将軍は力強い。連日、マイナス20度を下回るようになった。一般家庭の冷凍庫はマイナス18度らしいので、それよりも外の方が寒いわけだ。湿度の高いペテルブルグでは体感温度はさらにさらに下回るという。

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フィンランド系デパートで仕入れた毛皮付きの帽子で耳と頬までを守り、昨夏にノルウェーで買った毛糸のしっかりしたマフラーを巻き、もちろんセーターを着て、ついにはズボン下も投入し、内側にボアのついたドイツ製の冬靴で闊歩している。

まだまだいける。と思って、素手でこの写真を撮っていたら、ほんの10秒で強烈に手がかじかんだ。このままちぎれてしまうかと思った。

日曜日の最低気温は、予想ではマイナス30度。本物のロシアの冬を堪能させていただいている。

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ペテルブルグでソ連の空気を吸いに行く―В музей политической истории России

いよいよ当地はマイナス十度台に突入。この辺りで旧ソ連の空気を吸っておきたい。

ピョートル大帝が建てた旧帝都サンクトペテルブルクでは、ついつい帝政時代を意識してしまいがちである。モスクワでは地下鉄を使うたびに駅の古い装飾で「ソ連礼賛」を意識し、地上では巨大なスターリンビルに見守られてしまうのだが、ペテルではそうはいかない。ソ連は帝政ロシアに負けている。

 

刺繍によるソ連全土図
刺繍によるソ連全土図

 

それではいけない。ここは「革命の故地」である。ゆえに「国立ロシア政治史博物館」(Музей политической истории России)へ行き、革命の何たるかを頭に叩き込んできた(はずだ)。

ニコライ2世(最期のロシア皇帝)の元恋人でバレリーナだったマチルダ・クシェシンスカヤが所有した大邸宅が、ソ連時代以降、政治史博物館となった。貴族の邸宅に匹敵するほどの豪壮で広い建物であった。

〈※ちなみにマチルダ・クシェシンスカヤの名前を最近どこかで見たなと思ったら、彼女の短い伝記が教科書の練習問題文に登場していた。彼女は幼少の頃からバレリーナを目指し、名門マリンスキー劇場専属に。当時、皇帝一家はしばしばバレエを鑑賞。皇太子時代のニコライ2世と両思いになったが、マチルダは貴族出身ではなく、結婚は許されなかった。彼女はバレリーナとして成功。もし、皇妃となっていたら、革命後、処刑されていた可能性が高い〉

レーニンの執務机
レーニンの執務机

この建物に、亡命先のスイスから到着したばかりのレーニンが演説をぶったバルコニーがあるのは知っていた。実は、そのバルコニーがある部屋こそ、一時、彼の執務室であった。デスク周りが再現されている。この建物にスターリンなどボリシェビキの幹部たちが集まって、方針を決めていたようである。これだけでも革命の故地を知るため、見る価値があろう。

革命の勃発、赤軍対白軍の内戦および各国の干渉(日本のシベリア出兵の写真も)、スターリン時代の国家建設と暗黒面、フルシチョフ時代――と、ソ連の歴史を追うことができる。

内戦期の互いを敵視したポスターや、当時の軍服などが飾られ、実物ならではの迫力がある。時代は一気に飛んでソ連崩壊の展示もあり、ソ連を構成した各共和国内で離脱の動きが加速していった様や、ソ連末期の時代の空気を、ポスターや新聞、映像などから読み取ることが可能だ。

これぞソビエト連邦
これぞソビエト連邦

なぜかロシア、ソ連における「死刑の歴史」を紹介する特別展示があったり、子供博物館の部屋があったり(レーニンやスターリンが好んだ帽子などをかぶって記念撮影可)、部屋に入るごとに突然コンセプトが変わるので、いちいち革命的な博物館であった。

貴重な実物の展示も多い。スターリンの後を継いだフルシチョフの私物一式、世界初の宇宙飛行士ガガーリンの軍制服。さらに、最期の皇帝ニコライ2世が皇太子時代に来日した際、巡査に切りつけられた「大津事件」ゆかりの品もあった。

大津事件、謝罪の弓と陣笠
大津事件、謝罪の弓と笠

子供博物館の部屋で、さりげなく壁に飾られていた笠と弓がそれだという(「日本からです」と係員のおばさんに話したところ、教えてくれた)。謝罪の贈り物の一品だという。

ソ連時代の暮らしを再現した展示では、受話器から当時のアネクドートの朗読が延々流れ続ける公衆電話があり、大変気に入った。CDがあったら買いたかったほどだ。

「どうしてこの店には魚がないんだ?」「肉はない。魚もない。なんにもない!」

外へ出ると午後3時過ぎの太陽は低いなだらかな弧を描いて弱々しく沈み始めていた。そしてネバ川は見事に雪原と化していた。歯にしみる冷たさの川風を浴びながら、シベリア抑留に遭った人々を少しだけ思った。

凍えるネバ川
凍えるネバ川

※エルミタージュ美術館見学に関する若干の注意事項

各自、熟読のうえ、励行されたし。

(1)冬に行くべし

それも午前から。並びません。エルミタージュの本館は旧ロシア皇室「冬の宮殿」です。断固、行くなら冬です。霜の張り付いた二重窓から見下ろす純白の宮殿前広場や、氷上に雪の積もったネバ川は乙であります。豆粒のような庶民たちと馬車とを見るがいい。

エルミタージュから見た宮殿前広場
エルミタージュから見た宮殿前広場

 

(2)美術鑑賞が雑になる

広い広いとは聞いていたが……。これこそが本物の迷宮である。入り口付近で地図をもらって、部屋番号を頼りに歩き出したが、行き止まりやら一方通行やら。オリエンテーションと割り切った方がいい。特に初めての際は。

「見どころのあれ見逃した?」「もう手遅れだ!」

そんな会話をすることになります。美術鑑賞?二の次ですよ。無事に出口にたどり着ければありがたいと思いなさい。疲れて帰りたくなっても、出口へ向かう階段に行くだけでも一苦労なのだから。

贅を尽くした二階の広間
贅を尽くした二階の広間

(3)宮殿を楽しむなら2階

なんといっても贅をこらした本物の宮殿である。大使の階段を上がって始まる2階は特に豪勢である。シャンデリアの下にずらりと並んだ中世からの西欧名画の数々。皇族のために精緻を尽くした幾つもの広間。

最大の呼び物はレオナルド・ダ・ヴィンチの部屋でしょう。たった数作品のためだけに天井の高い美しい部屋が用意されている。有名な「リッタの聖母」をほとんど人けのない中、ゆったりと鑑賞。冬ならではの贅沢だ。

 

ダ・ヴィンチの広間もがらがら
ダ・ヴィンチの広間もがらがら

聖母が抱く乳児イエスは肉感的で重みまでもが伝わってくるのに、なぜ、生気のない灰色の肌なのか。それにしても聖母のビロードの質感。

危うく見落とすところだったレンブラントは、暗闇の中のスポットライトのような光の使い方が巧み。しかし、硫酸をかけられた過去のある名作「ダナエ」は見逃した。

公民館と見まごう質素な3階
公民館と見まごう質素な3階

(4)3階は公民館

ところで3階はなんですか、これは?

天井は低いし、壁も安普請、おまけに蛍光灯だ。日曜画家の展示会ですか?人も少ないし。ところが、近現代の有名画家の作品がごろごろ転がっているのである。マチス、ピカソ、カンディンスキー、モネ、等々。

個人的な好みで言えば、やや退屈な近代西欧絵画の2階よりも、それを打ち破るようにして開花した現代絵画のほうが圧倒的に見ていて楽しい。

であるので、もうちょっと展示室の安っぽさを何とかしてあげて欲しい。

古代エジプト、ここにあり
古代エジプト、ここにあり

(5)1階は博物館

知っている人は知っているが、すっぽり古代史博物館が入っていると思っていい。古代エジプトの品々を眺めていると、ロマノフ王朝の力を感じるわけである。

さりげなく古代ローマの胸像の部屋に迷い込んだりする。かと思えば、マニアックな奥の奥では古代シベリアのミイラにも出会える。西欧の甲冑の広間もあれば、日本の鎧もある。細密な「根付け」のコレクションは日本文化の粋であり、見ものだ。

親子で楽しい甲冑
親子で楽しい甲冑

時間があるなら贅沢な宝探しができる。好きな部屋を探すハイキングと思うべし。

※ロシアに足を踏み入れて半年。先週ようやく、エルミタージュ美術館に入ることに成功した。思えば長かった。

お土産は和風猫Tシャツ。英語で「私はエルミタージュに住んでるの」。ここはロシア…。
お土産は和風猫Tシャツ。英語で「私はエルミタージュに住んでるの」。ここはロシア…。

ロシア語学習と高校の「現代文」

当地でのロシア語学習、半年を経て、いま学んでいることの中心は、高校の「現代文」に似ているかもしれない。文の論理を的確に掴み、要約できること。より文語的な語彙力、表現力を高めること。引証や例示を用いながら、自分の主張を論理的に行うこと。ロシア語で。

ここをきちんと身に付けなければ仕事にならない。つまり、仕事の基本となるロシア語の新聞を読み解けないし、政治・経済など堅い会話もできない。

となると、「現代文のカリスマ」たる出口汪氏の書いたものはヒントに富む。その一つ。

「文の要点は主語・述語であり、特に述語に強調したい箇所が来る」

昨年、数カ月だけ通った英語通訳学校の初歩クラスで講師が強調していたことを思い出す。

「動詞をきちんと聞き取ってください。そこが要です」

言語の違いを越えて、言葉で伝えたいことの根幹は「主語―述語」に集約される。主語は比較的掴みやすいと言えよう。となると、述語、…主には動詞の把握が重要となる。当然、文章のみならず聞き取り、さらには会話においても。ゆえに、語彙の中でも動詞が特に大切と言えよう。

ロシア語では、その動詞において、おのおの完了体と不完了体の二形態を持ち、それぞれが主語の人称(1から3)と数(単数と複数)によって六通りに変化する。さらに過去形は主語の性(男性、中性、女性)と数により変化する。もちろん変化に規則性は存在するが、残念ながら一つや二つではない。そこにロシア語学習の大きな難所(の一つ)が存在すると思われる。

さらに言えば、せっかく正しく変化させた動詞を口から発しても、発音が正しくなければロシア語教師以外には容易には通じない。下手すれば全く通じない。イントネーションを誤れば、意見のつもりが問いになってしまう。

以上を要約すると、大変だけど頑張ってます。

■以下、出口汪氏のHPより抜粋引用■

 このように文の要点は主語・述語であり、特に述語に強調したい箇所が来るということ、それを直感的に識別できるようになることが、論理エンジン学習の特徴です。
 入試では文の要旨を把握させる問題が多くありますが、一文の要点の集合が段落の要旨になり、段落の要旨の集合が文全体の要旨となる以上、間違った要点を一文レベルでつかんでしまうようでは、全体の要旨把握問題、あるいはそれに基づく記述問題の正答も導けなくなってしまいます。

http://www.deguchi-hiroshi.com/sinan_engin.html

アメリカはときどき顔をのぞかせる

現在のロシア語グループ授業の生徒の構成は、どこか東アジアの国際環境を思わせる。

基本は日本人、中国人、韓国人とロシア人の先生。まず、こんな具合だ。そこへ、時々、アメリカ人とドイツ人(欧州)が顔を覗かせる。北朝鮮の生徒がいないのも、ある意味で国際社会の現実を反映している、といえようか。

(米欧が時々、存在感を示すという点がミソである。正直にいえば、人数構成では日本人が最大で、韓国人3人、中国人1人であり、東アジアの国際環境とは異なる)

サンクトペテルブルクの宮殿前広場
サンクトペテルブルクの宮殿前広場

ある日、休憩時間中、隣に座る中国人大学生が「尖閣がニュースになってるね」と話しかけてきた。取り急ぎ、「日本には日本の立場がある。中国には中国の立場があるだろうね」と簡単に返答。すると、彼は「中国には他にもフィリピン、ベトナムなどとも領土問題があるよ」と紙に簡体字で各国名を書いて見せてくれた。

そうだ。

確かに日本から見たら所謂「領土問題」といえば尖閣諸島、竹島、北方四島の三つ(※日本政府の公式見解によれば尖閣は領土問題には含まれないが)。一方、中国から見れば領土問題は日本との尖閣諸島のみならず、南方にもいくつか抱えている。韓国との間にもあるようだ。中露間の領土問題は実際の紛争も経て解決済みである。

日本から見ると、中国に関わる領土問題は尖閣だけで頭が一杯になりがちだ。特に昨今は。だが、中国サイドからすれば当然、また違った見方になろう。外部から見たイメージとしては「海洋覇権の樹立」か。こんなことはすでに色々なところに書かれているだろうけれど、自分で話して体験することに意味はある。

大学生の時、ソウル大学との合同ゼミが韓国であった。その際にあちらの学生の一人から「率直に言って、北朝鮮よりも日本を警戒している」と言われて驚いたのを思い出す。

もちろん、たった一人の意見で何かを分かった気になるのは早計に過ぎる。それでも、全体のデータ(世論調査や当該国の報道、政府公式見解など)を手にしつつ、一方で、さまざまな立場の当該国民の率直な声を直接、聞いていく以外に他国を深く理解する方法はないのではないだろうか。

そういう意味では、中国の彼とは今後も少しずつ差し障りの「ある」会話を重ねていくべきだろう。ロシア語で。

なぜ、急に領土問題のことを思ったのか? というのは、いよいよ個人授業のテキストに領土問題を含む日露関係の文章が登場したからだ。