チャイコフスキー国際コンクールにて

四年に一度の機会なので、最終日に覗きに行った。モスクワで音楽を聴くのはたぶんこれが初めてだ。世界有数のコンクール。文字通り、若い音楽家の人生を決める舞台だから、本気の演奏に間違いない。      
ピアノ。16歳のロシア人少年。演奏中、見上げるたびに澄んだ目の光が飛ぶ。やや力強すぎるほどの打鍵。頬は少し赤く、緊張と恍惚が見てとれる。見守るようなオーケストラ。ピアノ越しに覗く指揮者の両脚と、その踏み込む動き、音。会場一体となった集中があった。

地下鉄で転戦。

バイオリン。一人立って演奏する佇まい。その影。天井桟敷から見ると、オーケストラは茶色の甲虫の群れだ。触覚を忙しく動かし、音色を奏でる。若はげのソリストが正確さを求める弓さばき。適切な力強さ。喝采。いっそ憂鬱をすべて削り去って欲しかった。

モスクワの中華料理屋で餃子をつまみながらシルクロードを思うなど

夜、大学同窓会モスクワ支部の会合(飲み会)に参加した。新規メンバーのうち3人がウズベキスタン出身の元国費留学生(日本が学費を負担)だった。

日本語が流暢なのはもちろん、日本的なジョークのセンスも完璧。3人とも日本企業のモスクワ駐在員である。ちなみにウズベキスタンのとある四十代の大臣も同窓の元国費留学生という。

ウズベキスタンを含む中央アジアはいま、ロシアと中国の双方が「自らの影響圏に」ともくろんでいる。今のところ両国は協力をうたっているが先行きは不透明。そんな中、意外や日本も地道に人脈を築いているのだなあと感慨にふける。

ただし、国費留学生の枠は時の政権によって変動するといい、ウズベキスタンからの学部生の国費留学は現在ないらしい。国費留学や国際協力は広義の安全保障問題ではなかろうかと、ぬるい紹興酒をすすりながら思う。

ボーダーレスな夜だった。帰宅すると三日間預かることになった子猫が室内をちょろちょろしている。遠巻きに気にする我が家のチワワ。こちらのボーダーレスも安全保障問題である。仲良くやっておくれ。