ロシアに来てから、「日米関係とは何だろうか」と考えさせられる機会がかえって増えた。色々なところでロシア人に「日本は米国に原爆を落とされたのに、なぜ米国と仲良くしているんだ?」と問われるからだ。
その答えをときどき考える。理由はおそらく複合的だ。戦前からの人的交流▽米国文化のソフトパワー▽戦後の占領政策▽東西冷戦――などが頭に浮かぶ。日米関係史の本を読む必要がある。
先日も日米関係について問われた。頼まれて出演したモスクワのラジオ番組で、沖縄の普天間基地移転問題がテーマに取り上げられたからだ。
「なぜ沖縄の人々は基地移転に反対なのか?」
「なぜ日本政府は押し切ろうとしているのか?」
「沖縄以外の国民はどう思っているのか?」
直球の質問をぶつけられた。
一つ目の問いには、①沖縄に過重な基地負担②米兵による事故や犯罪の頻発③沖縄経済に占める観光の割合の大きさ――の3点を主な理由として説明した。残り二つの問いには、「増大する中国の脅威ゆえに、政府はもとより国民の多くも米軍基地は必要と考えている」と答えた。
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十年近く前、まだ北海道で勤務していたころ、仕事で一度だけ沖縄の基地移転問題について調べ、現地で反対運動関係者や識者に話を聞いたことがあった。同じ機会に泡盛の小さな蔵元を訪ねたら、そこの社長に「父親が戦争のとき、北海道出身の仲間に助けられたから」と沖縄料理をごちそうになってしまい、恐縮した。
ふと思えば、遠縁には沖縄の人もおり、離島へ遊びに行ってお世話になったこともあった=写真。本土の米軍基地で働く親戚もいる。ラジオで生煮えの回答をしてしまったこともあり、沖縄の本が読みたくなった。
この『カデナ』はうってつけの小説だった。ベトナム戦争当時の1968年の沖縄を主な舞台に、駐留米軍による「北爆」に抗う4人の物語が描かれる。小さな小さな手弁当のスパイ活動である。そこに沖縄、日本、米国の現代史がぎゅっと濃縮されている。
日本統治下のサイパン島に育ち、激戦を生き延びた嘉手苅朝栄。米軍人の父とフィリピン人の母を持つ沖縄駐留米空軍の女性下士官、フリーダ・ジェイン。彼女は日本軍占領下のマニラを記憶する。基地に出入りするロックバンドの若いドラマー、タカ。この3人の回想によってストーリーがつむがれる。ミニ・スパイ団を統括するのは、朝栄とは旧知のベトナム人、「安南さん」だ。活動に参加するそれぞれの理由が少しずつ明かされてゆき、引き込まれる。
物語に深みがあるのは、北爆を実際に行う飛行機(B52)乗りたちの苦悩や恐怖にも寄り添っているからだ。脱走兵の亡命のエピソードも加えられ、史実が巧みに小説化されている。
米軍基地への沖縄市民の思いは、70年に起きた「コザ暴動」の現場を見つめるタカが胸の内でつぶやく。
《みんなすごく楽しそうな顔をしている。その顔を炎が赤々と照らす。(略)誰もがさんざ嫌な目に合って、アメリカに対してすごく怒っている。でも仕事はアメリカ軍からもらっているし、アメリカ軍はでーじ強いから反抗なんかしようがない。だけど、誰にも知られないでアメリカーをやっつける機会があったら誰だって何かしたい》
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日本統治下のサイパンについて、朝栄は回想する。
《南洋では、上から下へ日本人、沖縄人、朝鮮人、チャモロ人、カナカ人という序列がはっきりありました》
戦争と人間について、タカは自分の視点で考える。
《基地はミュージシャンを真面目な性格にする。ここにはすごい緊張感ととんでもないだらしなさの両方があって、それが戦争ということなんだろうと僕は思った。みんな戦争にうんざりだけど、それで緩む奴とむきになって引き締めようとする奴がいる》
脱走兵のマークは言う。
《軍隊には何があっても平気な奴がいる。逆に臆病だから戦場から離れた職場を選ぶ奴がいる。自分は大丈夫と思ってミッションに行って、それを何度も何度もやるうちに燃え尽きるのもいる。俺はその一人らしい》
4歳当時のマニラでの日本軍の蛮行を振り返って、フリーダは想像する。
《空軍にいるとわからないと思う。これは陸軍的な感覚なのよ、きっと。まわりにいるのがみんな敵に見えてくる。市民百人に一人だけゲリラが混じっていると言われると全員がゲリラに思えてくる。百人ぜんぶを殺すまで安心できない》
国のためにスパイ活動を続ける安南さんは言わずにはいられない。
《いえ、私が言いたいのは、愛国心は感情としてどこか気恥ずかしいものだということです。勢い込んで頑張ったりもするけれど、しかし愛国心は例えば恋や友情に比べたら劣等な感情ですよ。どこかに無理がある。そのくせ生命が掛かっている。掛けられてしまう。ウソが混じっているのにそれは言ってはいけないことになっている》
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池沢夏樹による沖縄を舞台にした『戦争と平和』といってもよいかもしれない(本家の『戦争と平和』全六巻はいまだ手つかず)。