雨が降っても洗濯物は干しっぱなしの大らかさ。犬が多く、のんびりしている。天気で雰囲気は変わるが、素晴らしい旅行先。海の幸、ワイン、オレンジなどの青果。人も良さそう。南国ならではか。旅行者にとっては程よい街の枯れ具合で、ほっとする。ファドも胸に響く。素材の良さもあって、日本食レストランのレベルは高い。陶器も面白い。かつての大帝国だけに見どころは多い。欧州の西の果て。日なたの土地。物価も高くはない。あまり調べずに知らずに来て、思いがけずに良かった。また来たいと思った。
◇1日目、モスクワ―リスボン
リスボンはなかなかに坂の町だった。深く広い湾に面した都市。室蘭、ウラジオストクとはまた少し違って、少し似て。ホテルは城山の中腹にあった。コーヒーをいただくうちに曇り空濃く、やがて雨。土産物屋を覗いてから、ホテルに戻り、傘を借りる。魚モチーフが色々。城へ上がる。入場料17ユーロ。風雨強まる。無骨な古の戦いの城。カフェで魚のキッシュと豆のスープ、エッグタルト、コーヒー(17ユーロ)。雨宿りの孔雀。オレンジ色の屋根の町並みを見晴らす。エッシャーのだまし絵のような城をぐるりと歩く。風で寒いほど。ホテルへ。
シャワーを浴び、3時間も昼寝。町へ出る。1両編成の路面電車がトコトコと走り、雨に濡れた石畳が柔らかく光る。しっとりと温かみのある街。気取らない、擦れていない、居心地が良い。目抜通りの陶器の店。リスボン最古のカフェでエッグタルトとコーヒー。石段の坂道を上り、愛想の良い客引きをかわす。日本食料理店ボンサイへ。寿司、刺身、ほうれん草の胡麻和え、揚げ出し豆腐、たこ焼き、味噌汁。白ワイン。大満足。チップ込みで91ユーロ。タクシー、7ユーロでホテルへ。
◇2日目、リスボン―ラゴス
7時過ぎ起きる。8時朝食。生ハム、サラミ、チーズ、温かいクロワッサン、瓶入りフルーツ、ヨーグルト、イチジクとオレンジの新鮮なジャム、コーヒー、エッグタルト。満足すべき。荷造りして9時、チェックアウト。タクシーを呼んでもらい、30分足らずでオリエント駅へ。11ユーロ。力強いコンクリート打ちっ放しの現代建築。快適な一等席にて10時2分、静かに発車。
1時前、乗り換えのトゥネス近く、オレンジ畑となだらかな丘。放牧された羊。ブロッコリー形の地中海性季候を思わせる木々。ドアを自分で開けて無事に乗り換え。売店のおじさんにホームを確認。鉄橋を渡る犬。重い雲と時々の晴れ間。マクニールの世界史の下を読む。菜の花みたいな黄色の花。ローカル線は少し汚れた感じ。しかし、この国の少しくたびれた感じは心地よい。定刻通り、2時8分に終点のラゴスに到着。曇り空。迎えはなく、レストランへ歩き出す。ソテツ、ブーゲンビリアなど南国の植物。オフシーズンのリゾート地にまたもやって来た。下田を思い出すなど。
倉庫みたいに広く、サッカーマフラーが飾られた海鮮レストラン、Restaurante Adega Da Marina。遅い昼のピークのよう。ビール、ミックスサラダ、スープ、名物のイワシの塩焼き(今は冷凍よ、とのおばちゃん店員の注意あり)、豆イカのオイル焼き、ポテトフライ添え。スープはポタージュに野菜入りで可もなく不可もなく。サラダは野菜の味の濃さを感じる。そして魚介である。冷凍でもイワシの美味いこと! 脳天に刺さる。塩焼きの青魚のハラワタ、その苦味走った旨味、これこそが我がソウルフードだと知らされる。一人三匹を次々と。イカは軟骨を引っ張って抜きながら食べる。ニンニク入りの濃厚な味。しっかりとイカの味。イワシにはレモンや白ワイン酢が合う。ビールをおかわり。エスプレッソで締める。お会計30ユーロはまずまずお値打ちか。
小雨ぱらつく中、腹ごなしもかねてホテルまで2キロの道をスーツケースを引いて行く。ギリシャ・サントリーニ島も思い出す、冬の海辺のリゾート地。打ち捨てられたホテルのようなコンクリート建築も。宿はとても良い。ゆっくりと休む。
◇3日目、ラゴス
9時過ぎ、朝食へ。ブッフェで魚のおかずが美味しい。青魚のマリネ、干しマグロなど。果物は濃厚なパパイア。プールを眺めながら。鈍い曇天。海辺へ。打ち捨てられたリゾートマンション横をまっすぐ。赤土の起伏、断崖、合間の浜。シャワーのように雨が降り出す。黒い貝殻、光る貝殻。突然の波にくるぶしまで浸かる。道路へ戻り、ぶらぶらと灯台まで。すこぶる風が強い。断崖の絶景。奇岩。猫。
ホテルで休憩後、街へ。空腹に耐えかね、スパーでチョコとナッツ。雨風の中、エンリケ航海王子の像と奴隷市場。半分死んだような観光の街。春まで休みのレストランも。ホテル近くの海辺の海鮮レストラン Restaurante o Camilo へ。グリーンワイン(爽やか)、生牡蠣6個、エビやタコ、イカの前菜、ドラドの塩焼き。50ユーロ。台風を思わせる悪天候の日だった。
◇4日目、ラゴス
9時過ぎ朝食へ。果物をたっぷり食べる。ようやく晴れ。廃墟横を通って海へ。砂浜をかける黒い犬。太陽が眩しい。貝を拾う。二枚貝ばかり。紫色の輝く貝も。遊歩道を歩き、ヨットクラブを通り抜け、奴隷市場前広場のカフェでコーヒー。そのまま運河横を歩いてゆく。散歩の犬が多い。線路を越えて、広々と延びる浜へ出た。人懐こい犬がついてくる。また貝を拾う。ああ、貝殻はいわば骨だ。選り分けてお骨を拾い上げている。犬と戯れた後は、木道で猫が転がってきた。なんの暗示だろうか。
歩いて歩いて町へ。打ち捨てられた旧駅舎。おしまいに近づいた市場。オレンジが目印のカフェでジュースと揚げパンのホットドッグ。やはりリードのない犬たち。スパーに寄り、ミカンや水を買う。ホテルで2時間ほど寝る。夜ご飯にとホテルのレストランへ行くも、予約制。近くのピザ屋Pizaria Gato Pardoへ。シーフード・ピザとアラビアータと白ワイン。人気店らしく美味かった(28.45ユーロ)。ティラミスとカモミール茶。オリオン座を見上げつつホテルへ帰る。
◇5日目、ラゴス―リスボン
6時過ぎの列車を目指し、早起き。だが、教えてもらったタクシーに電話してOKと言われたのに来ない。フロントも電話に出ない。軒並み掛けたがタクシーはない。困ったところで時間切れ。国鉄のサイトで簡単に振り替えでき、7時48分発に替えて、1時間前に徒歩で出発。夜明け前の暗い道をスーツケース引いていく。潮の引いた運河を蟹が歩く。
うつらうつらしながら、無事に乗り換え、さらに二駅で宿の近くのサンタアポロニア駅へ。チェックインの2時まで1時間半くらいあったが、まずは宿へ。坂道とガタガタの石畳、傍若無人な洗濯物。幸い泊まるアパートは清掃中で係りの女性の手引きで入れた。階段を上り詰めた屋根裏部屋。広いが天井が低い。下町を一望。
タイル美術館へ歩く途中、腹ペコにて食堂に転がり込む。ほぼポルトガル語のみの世界。魚、あとはあの人と同じのを。スープも。濃い目の味付け、下町の味か。塩のきいたオリーブ、サラダ、パンも並ぶ。ステンレス皿に載った魚はスズキのような白身魚の輪切りの塩焼き、茹で芋添え。レモンをジュッと絞り、塩と脂の旨み。特に背骨まわりだ。魚で育ったのだ。芋もまた良し。牛乳コーヒーつけて、しめて16ユーロか。
てくてくと美術館へ。元は修道院といい、荘厳な礼拝堂あり。イスラムの影響によるタイル文化。ヘタウマ風な人物。文様や風景のタイル。ロシア人カップルも。カフェで休む。暴風。バスが来ないので歩いて行く。丘を越えて傘は痛み、スーパーで夕食など買い物。チキン、サラダ、ミカン、イチゴ、緑ワイン、パテなど。飲んで食べる。
◇6日目、リスボン
朝9時ごろ起床。パンとハム、サラダに白ワイン酢、味の薄いイチゴ、味の濃い汁気たっぷりのミカン、ヨーグルト、チーズ。たっぷりの朝メシ。晴れている。午前中、店巡りへ。丘を下る。缶詰屋コンセルベイラ・デ・リスボアでたくさん(41.74ユーロ)。目抜通りの陶器店で妻がコインブラの焼き物を迷って買う(172.5ユーロ)。
大道芸人や盲目の楽器弾き。凸凹の石畳に水たまり、太陽が反射。アジア人は韓国人観光客が目立つ。日本人はぽつりぽつりとカップル。老舗カフェの路上の椅子でコーヒーとケーキ。黒人のスマートな店員。骨董店でティモールの写真集をめくる。地元の良品を集めた店。地下鉄に乗って、日本食材店・ゴヨ屋。まずまずの品揃えと値段。納豆、小豆、餅、出前一丁、カップヌードル、七味袋、油揚げ。近くの日本食レストランは昼のみ。
地下鉄でリベイラ市場へ。新しくて広いフードコート。迷って、魚の店でエビのニンニクソテー、ライス、白ワイン、生牡蠣2個。どれも美味い。牡蠣は滋味たっぷり。興に乗って、寿司屋で刺身盛りとエビ天、地元料理屋でバカリャウ(干し鱈)のソテーのほうれん草ソース添え。バカリャウの食感と塩味がいい。全部で70ユーロほどか。土産店を覗きチョコなど買う(39.45ユーロ)。豆のような、だが3ユーロ強もするケーブルカーで坂を登る。ファドの劇場へ(二人で32.3ユーロ)。十数人の客に歌い手男女と楽器の禿げたおじさん二人。演歌のようで、腹の底から。歌えたら、弾けたらいいな。帰りはコマネズミのような路面電車で。ドアには無賃乗車の男が。部屋でのんびりする。明日、ロカ岬へ行こうか。
◇7日目、リスボン―シントラ―リスボン
7時過ぎに起き、カレー・ヌードルの朝飯。8時過ぎ、近くの火曜蚤の市(泥棒市)へ。坂道に想像以上にたくさんの店が出ている。骨董、古本、衣類、電化製品、工具など。ポルトガルらしいのは骨董タイル。陶器も多い。植民地の流れか黒人の人々も多い。快晴でまぶしい。あまり声をかけてこない。国民性だろうか。シントラ製という小型のコップを1ユーロで買う。
宿へ戻り、シントラへ。最寄りのサンタアポロニア鉄道駅からオリエンテ駅へ、乗り換えて一本。各駅停車の郊外列車。小一時間でシントラに。駅前の売店兼カフェでトイレを済ませ、バスの周遊券(二人で25ユーロ)を買う。宮殿は早く閉まると聞いたが、バスが来ていたのでロカ岬へ向かう。うねうねとカーブの続く道、小さな電車の線路も。学校が終わった子供たちが続々と。40分ほどで岬に着く。快晴。さほど風はない。広い青い空と、目の前の180度の大西洋。西の端に来た感慨はある。天気も良いので最果ての悲壮感や寂しさはなく、気持ちの良い場所だ。しゃーという波の音と波しぶき。少し散歩して観光センターのカフェでエッグタルトとラテ(8ユーロ)。バスで駅前に戻る。韓国人が多いのは何かのドラマの影響だろうか。
ムーア人の城跡を目指してまたバスに乗る。山に入っていく。5時で入場締め切りのギリギリに滑り込む。日の入りを目指して城を上へ。巨岩が転がる山に築かれた城壁、遺跡。絶景。最上部まで登りきり、夕陽を眺める。空気が冷えてきた。隣の城のシルエットと夕陽の対比が美しい。日が落ちる前に下山し、バスで駅へ。一本逃し、駅のカフェで一服し、次の電車へ。中心部の駅から坂を上って、ミゲルくんの広場を通って日本料理店「ボンサイ」へ再び。昼飯を食べず、飢えていた。おすすめから、アジのたたき、枝豆コロッケ、タコ刺し(辛子味噌)。さらに寿司二つ、天ぷら盛り合わせ。酒は熱燗と梅酒お湯割。堪能する。特にマグロは価値がある。大トロ、中トロ。地中海のマグロは本当に美味い。追加してミニいくら丼と味噌汁。店は混んできた。クリームあんみつにはたどり着けず(136ユーロ)。腹ごなしに歩きと地下鉄で帰る。
◇8日目(最終日)、リスボン―モスクワ
8時過ぎ起き。片付け。10時過ぎ、部屋を空ける。最寄りのサンタアポロニア鉄道駅のコインロッカーにスーツケースを入れ、バスで一気にベレン地区へ。今日も快晴。修道院近くのナタ(エッグタルト)の名店 Torre de Belem へ吸い込まれる。オフシーズンのため行列なし。ナタ計3個と紅茶。パリパリで温かく、クリームはまろやかで優しい味わい。うまい。あっという間に完食(12ユーロ)。
まぶしい太陽を浴びながら海辺のようなテージョ川の川辺へ歩き、発見の碑へ。ザビエルはどれか。広場にはポルトガルの大航海時代の軌跡が地図に示されていた。旧植民地のアンゴラ、ティモール、ゴア、マカオなど。今も黒人系の人々が多い。ブラジルも似た雰囲気だろうか。なにしろ大西洋の対岸だ。続いてベレンの塔。城と要塞を兼ねたような建物。狭い螺旋階段には信号がついている。最上階まで一気に上る。眺めはすごぶる良い。キラキラと光る水面、白波を引いてゆく小船。
三輪タクシーや焼き栗売りを横目に3連結の路面電車へ。かなりのスピード。リベイラ市場へ。バカリャウの塩辛いスープ、ホタテの黒いリゾット(計18.5ユーロ)、本場のサングリア(3ユーロくらい)を堪能。有名なパン屋カネカスでパンとスイートポテトを。地下鉄で一駅の中心部で無印良品リスボン店をのぞく。サンタアポロニア駅へ。ホームのスーパーで急いでミカンと緑ワインを買う(7ユーロ)。列車に飛び乗り、オリエンテ駅へ。地下鉄赤線で空港へ。品ぞろえ豊かな免税店で緑ワイン、ポートワイン二種、お土産ミニボトル、ファドのCD、スプマンテのお酢など買ってしまう(50ユーロくらい)。やや急いで出国し、ゲートへ。さよなら